2013.2.4

福島県にはドライブやキャンプなどでよく行っていたのに、原発事故後は訪れることすらためらいを感じていた。

見えない放射線への不安は消えることは無い。まずは行けるところまで行って現状を見てみようと出発した。

お金の無い学生時代、東京やいわきの友人宅に遊びに行く時にいつも走った国道6号線を南下した。


常盤自動車道を降りしばらくすると相馬共同火力発電所が見えてきた。



県境を抜け松川浦の看板を横目に去年の4月に「避難指示解除準備区域」になった南相馬市小高区を目指した。



南相馬市に入り、原町区で放射線測定器を購入するために家電量販店に立ち寄った。

原町区は意外と言っては失礼だが、そこには「普通の街・普通の生活」を感じた。

勝手な想像で南相馬市はもっと避難などで閑散としているものと思っていたからだ。

少し走ると原発より20キロ地点の検問所があった。警察車両は止まっていたが通過できた。

そこから風景が明らかに変わってきた。国道沿いの家々に津波の跡が見えてきた。



震災後初めて津波被害を目の当たりにした時と同じ感情が蘇ってきた。



そのまま走り続けると前方に回転する赤色灯が見えた。警察の検問所だ。

「ここから先は行けませんよ」 浪江町との境でUターンをし、海岸線へまわってみた。









津波に削り取られた跡なのだろう・・





浪江町との境界で放射線量を計ってみた。0.29マイクロシーベルト

              

この先わずか10キロ程に福島第一原発がある



























工事をしている人以外にすれ違う人がいない

国道6号線に戻ってきた・・「21世紀に飛躍する奥州相馬のふるさと小高」の文字が悲しい。





静かすぎる・・・はるか先で作業をしている人の声が聞こえてくる









常磐線 小高駅







誰もいない駅前 防災無線から流れる歌がこだまする



置き去りの自転車





            

交差点

信号が何度変わっても真ん中に立っていられる







小高神社 相馬野馬追いの神事が行われる神社もひっそりとしている











「避難指示解除準備区域」になって約10ヶ月が過ぎているのに、電気以外のライフラインはまだ復旧していない。

生活をする基盤が整っていなければ戻る準備をしてもいいと言われても基本的に無理がある。

今年の4月1日以降また区域の見直しが行われるようだが、

一匹のねずみの侵入で燃料プールの冷却システムが止まってしまう状態で平気か?

福島第一原発は廃炉となるが、解体が終わるまで4,50年は有り続ける。

自分の子どもが高齢者になる頃までのとてつもなく長い時間だ。

人間の手に負えない原発からの脱却の方法をみつけなければ!!




「経済産業省 ふれあいニュースレター 平成25年3月7日増刊号」より抜粋

 明日もがんばろう!東北!


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